過去の書籍リスト:日本の養殖真珠


英虞湾にあるミキモト真珠養殖場。写真撮影: Valerie Power/GIA
英虞湾にあるミキモト真珠養殖場。写真撮影: Valerie Power/GIA

1890年頃から三重県の英虞湾で始まり数年間かけて行われた実験の後、御木本幸吉は1893年に初めて養殖真珠を生産することに成功しました。1905年には真円養殖真珠を生産し、その結果、ジュエリーに使われる真珠の使用と入手可能性に革命をもたらしました。  他の研究者もこの目標を達成しようとしましたが、その試みは失敗に終わりました。  天然真珠は何千年も前から人気を博していますが、天然真珠が産出されるのは非常に稀であるため、消費者の間で増え続ける真珠ジュエリーの需要を満たすには不十分でした。  生きている海水産貝に丸い真珠被着用核を挿入し、淡水や海水の環境に戻すことによって、その海水産貝は時間をかけてその核を真珠層で覆います。  数年後、その海水産貝が収穫され、商業的価値の高い養殖真珠が採取されます。

 

この書籍リストの使用方法

 

この書籍リストは、日本の養殖真珠の歴史について学ぶ機会を提供するために編集されました。これらの記事の多くは1800年代から1900年代初期に発行されたものですが、この時期、歴史的重要性が高い有名な宝石鉱床が多く発見され、宝石学や鉱物学が科学となりました。このリストは、時代の経過とともに考察が深められていく様子がよく分かるように、年代順に提示されています。このリストは包括的ではありませんが、見過ごされ、忘れられがちな興味深い宝石学の情報がまとめられています。

記事の多くはすでに一般公開されており、HathitrustInternet Archive、またはその他のデジタルレポジトリなど、オンラインのデジタルライブラリで閲覧ができます。より最近の発行物は多くの場合、Richard T. Liddicoat宝石学図書館などの、図書館で見つけることができます。これらの記事の要約は通常、ジャーナルや雑誌の出版社のウェブサイトに掲載されており、ほとんどの場合、記事全文をその出版社経由で購入できます。

GIA 図書館の蔵書内容や現地へのアクセス方法については、カールスバッドの GIA 図書館までお問い合わせください。

『日本の養殖真珠』、御木本幸吉、24ページ(1907年)。この小冊子では、著者が英虞湾の真珠養殖場の運営について説明しています。

Pearls of Great Price(高価な真珠)、御木本幸吉、Overland Monthly(オーバーランドマンスリー)、Vol.55、No.1、83-84ページ、(1910年)。養殖真珠の発明者が執筆したこの短い記事は、日本における養殖真珠の発展について説明しています。

Success in Causing the Pearl Oyster to Secrete Spherical Pearls(球状真珠を分泌する海水産貝生成における成功)、B. Dean、Transactions of the American Fisheries Society(アメリカ漁業協会の議事録)、第40回年次総会、309-311ページ、(1910年)。日本において球状真珠を養殖するための著者曰く「秘密の工程」に関して説明します。

文化真珠産業、著者不明、日本雑誌、第1巻、第12号、803-806ページ、(1911年)。  真珠を生成する海水産貝の貝殻に異物を挿入することで真珠を形成させるという考えには長い歴史がありますが、ほとんどの試みは失敗に終わりました。  著者は、日本の商業向けの養殖真珠産業の発展について説明しています。

A Japanese Pearl-Farm(日本の真珠養殖場)、H. Taylor、Wide World Magazine(ワイド・ワールド・マガジン)、Vol.30、No.178、343-351ページ、(1913年)。  養殖真珠の生産に向けた取り組みの歴史を解説し、英虞湾にある真珠養殖場の運営について詳しく説明しています。

The Culture of Pearls in Japan(日本の真珠文化)、T. Myako、Mid-Pacific Magazine(ミッドパシフィック・マガジン)、Vol.10、No.5、422-425ページ、(1915年)。英虞湾での真珠の養殖に関する説明。

ミキモト養殖真珠、S. Tomatsu、日本雑誌、第9巻、第3号、545-546ページ、(1919年)。この記事では、日本で生産された養殖真珠のほとんどがイギリス、フランス、アメリカに輸出されたことについて説明しています。

『The Kingdom of the Pearl(真珠の王国)』、L. Rosenthal、Nisbet & Company(ニスベット&カンパニー)、ロンドン、(1920年)。この書籍には養殖真珠に関する章が含まれています。

Étude sur les Perles Fines et, en particulier, sur les Nouvelles Perles Complètes de Culture Japonaise [Studies of Pearls, and in particular, the New Japanese Cultured Pearls(真珠、特に日本の新しい養殖真珠の研究)]、L. Boutan、Bulletin de la Station Biologique d’Arcachon(ブレティン・デ・ラ・ステーション・バイオロジク・ダルカション)、117ページ、(1921年)。日本の養殖真珠に関する詳しい説明が本書に掲載されています。

The Japanese Artificially Induced Pearl(人工に生産された日本の真珠)、H.L. Jameson、Nature(ネイチャー)、Vol.107、No.2691、396-398ページ、(1921年)。日本で生産された新しい養殖真珠がロンドン市場に初めて登場したとき、経験豊富であるにもかかわらず天然真珠として誤って鑑別した真珠の商人がいたことについて説明します。  真珠の養殖に関する御木本幸吉の研究、これらの商品を真珠と表現できるかどうか、養殖真珠を天然真珠から区別する方法について説明します。

Perles Fines et Perles Japonaises [Fine Pearls and Japanese Pearls(上質の真珠および日本産真珠)]、L. Bertin、La Nature(ラ・ネイチャー)、Vol.50、No.2521、65-69ページ、(1922年)。日本の養殖真珠の構造の説明が紹介されています。

A Japanese Pearl-Farm(日本の真珠養殖場)、著者不明、Literary Digest(リテラリー・ダイジェスト)、Vol.80、No.14、27-28ページ、(1924)。日本沿岸の真珠養殖場について説明します。

Mikimoto and the Culture Pearl(ミキモトと養殖真珠)、D.S. Jordan、Scientific American(サイエンティフィック・アメリカン)、Vol.137、No.4、300-302ページ、(1927年)。  記事詳細不明。

『Out of Kimono, Into Overalls – the Industrial Transition in Japan(着物からオーバーオールに – 日本の産業構造の転換)』、M. Holland、National Research Council(国立研究評議会)、ニューヨーク、12-17ページ、(1927年)。真珠の養殖が「日本で最も高い水産技術」として記述されています。著者はミキモト真珠養殖場を訪れ、真珠の養殖事業について説明します。

Kokichi Mikimoto et les Perles de Culture [Kokichi Mikimoto and Cultured Pearls(御木本幸吉と養殖真珠)]、M-L. Lédé、Revue des Deux Mondes(レヴュー・デ・ドゥ・モンデス)、Vol.42、No.4、881-891ページ、(1937年)。  著者は、真珠の養殖における御木本幸吉の取り組みについて解説します。

『The Pearl King – The Story of the Fabulous Mikimoto(真珠王 – 素晴らしい御木本幸吉の物語)』、R. Eunson、Greenberg(グリーンバーグ)、ニューヨーク、243ページ、(1955年)。  日本の養殖真珠の発展を年代順に紹介しています。

『The Cultured Pearl – Jewel of Japan(養殖真珠 – 日本の宝石)』、N.C. Reese、C.E. Tuttle Company(チャールズ・イー・タトル出版)、東京、107ページ(1958年)。  書籍の詳細不明。

Cultured Pearls(養殖真珠)、F. Pough、Lapidary Journal(ラピダリージャーナル)、Vol.16、No.11、1014-1019ページおよびNo.12、1090-1095ページ、Vol.17、No.1、6-14ページおよびNo.2、ページ270-277、(1963年)。  この4部構成の記事では、日本の養殖真珠産業の歴史と現状について説明しています。

Strukturwandlungen and Standortverlagerungen in der Japanischen Perlzucht [Structural and Locational Changes in the Japanese Pearl Culture Industry(日本の養殖真珠産業の構造と場所の変化)]、G. Aymans、Erdkunde(エルドクンデ)、Vol.19、No.2、112-132ページ、(1965年)。  記事詳細不明。

Cultured Pearl Farming and Marketing in Japan(日本における養殖真珠産業およびマーケティング)、R.T. Liddicoat、Lapidary Journal(ラピダリージャーナル)、Vol.21、No.5、662ページ、664-666ページ、(1967年)。当時GIAで常務取締役を務めていた著者が、日本の養殖真珠産業について論じています。  GIAが1949年にX線法を用いて真珠の検査を開始し、100万個以上の真珠がこの方法で検査されたことについて説明します。  また、いくつかの重要な価値要因に基づくGIAが開発した真珠の品質評価システムについても説明します。

The Cultured Pearl – Its History and Development to the Present Day(養殖真珠 – その歴史と現在に至るまでの発展)、C.D. George、Lapidary Journal(ラピダリージャーナル)、Vol.21、No.4、510-517ページ、No.5、642-647ページ、No.6、786-791ページ、(1967年)。この記事では、日本の養殖真珠産業が紹介されています。

『The Story of Pearls』、白井祥平、日貿出版社、東京、132ページ、(1970年)。  書籍の詳細不明。

Cultured Pearl Farming at Toba, Japan(三重県鳥羽市の養殖真珠産業)、F. Cawthon、Lapidary Journal(ラピダリー・ジャーナル)、Vol.31、No.9、1910-1922ページ、(1977年)。日本における養殖真珠産業について説明します。

From Single Source to Global Free Market: The Transformation of the Cultured Pearl Industry(1つの生産地からグローバル自由市場へ:養殖真珠産業の変容)、R. Shor、Gems & Gemology(宝石と宝石学)、Vol.43、No.3、200-226ページ、(2007年)。  著者は、日本が市場を支配していた養殖真珠が他の国でも生産され始めた産業の変革について解説します。

養殖真珠産業の歴史、永井清仁、日本動物学会、第30巻、第10部、783-793ページ、(2013年)。  日本における前世紀の養殖真珠産業の発展を紹介します。