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ジュエリー製造における技量を評価する「革新的な」品質保証システム


リングがはまっている金属製の丸みを帯びた棒を持っている男性。 背景に写っている男性の顔ではなくリングに焦点が合っている。
JMAの講師を務めるMichael Turinettiが、仕上げ済みおよび半仕上げのジュエリーに対する品質保証ベンチマーク(QAB)の評価の一環として、学生が制作したリングの丸みとサイズを検査する。 技量を向上させ、ジュエリーの破損を最小限に抑える目的で考案されたこのシステムは、2016年にGIAがオンラインでプラチナジュエリーに対するQABを公開する前に、GIAで行われているクラスですでに紹介されていた。 写真撮影:Kevin Schumacher/GIA

ある女性が、大都会にある高級宝飾店を後にします。 彼女は夫とともに、驚くほど素晴らしいものを購入しました。GIAでグレーディングされた22カラットのダイヤモンドがセンターストーンとして飾られているプラチナのリングを購入したのです。 

彼女は、指に輝くダイヤモンドを何回も眺めながら町をさっそうと歩きます。 

数時間後、チャリティーのオークションで仲間の後援者と一緒に拍手し、彼女は再びリングに目をとめます。 そして、あの美しいダイヤモンドがなくなっていることに気が付き、非常にショックを受けます。 

たった一回の些細な打撃によりあの大きなダイヤモンドがなくなってしまいました、とGIAのグローバル ジュエリー マニュファクチャリング アート部門(JMA)でシニアディレクターを務めるMark Mannは語ります。

残念なことに本当に起きたこの事件が30年以上前に公表されて提訴された時、Mannは裁判所で専門家証人として証言台に立ちました。 そのリングは、宝石がなくなる原因となった「デザイン、エンジニアリングおよび技量において重大な誤り」があったにもかかわらず宝飾店で販売されていた、と彼は説明します。 

紛失した宝石、壊れたプロング、一貫性のないサイズ直しや歪みのある形状など、ジュエリーに問題が生じた事例は、「この業界に常に存在する問題」であるとMannは語ります。 身の縮む思いをするほど恐ろしく「実際に起こり得る結果」として、一貫性のない品質、売上の損失、評判が落ちることなどが挙げられ、最大のジュエリーメーカーから非常に小さい小売店まですべての関係者に影響を与えます。 

紛失した石が22カラットであろうが、0.02カラットであろうが石の大きさにかかわらず、消費者に心理的そして精神的に多大な悪影響を及ぼすと、Mannは説明します。 

どんな価格のものであれ、無くしたという事自体がショックなのです、と彼は述べます。 ジュエリーに生じる問題は私たちの手に負えないことが時々ありますが、事前に防げるものなのです、と続けました。

GIAのJMAプログラムで使用されている品質保証ベンチマークは、電子技術を活用している、書面および視覚による強力な基準であり、この基準はQAチームが適切な業界のフィードバックをリアルタイムで学生に提供できるものでもあります。 ジュエリーをデザインおよび設計する方法や、品質の優れたジュエリーを作る方法に関する知識に磨きをかけるのに役立ちます。
Elizabeth Brehmer、GIA ジュエリー マニュファクチャリング アート部長

Mannは、ジュエリーが破損する問題が長期化する決定的な要因をいくつか挙げています。  

消費者は、品質保証に関する先入観をいくつか持っており、それを信頼しています。 自動車を購入する際は、自動車業界が厳重に規制されているため、物事はすべて当たり前のことだと思われます。 しかし、品質が完全に保証される必要があり、厳しく規制されている業界でさえも、問題があるのです。 自動車や機器のメーカーのような他の業界にあるような、包括的な統制機関が宝石・ジュエリー業界にはないため、問題が発生するのは当然のことです、と彼は語ります。 

規制が欠如していることに加えて、宝石商、メーカーや小売店が技量について明確かつ一貫して意思疎通を図ることはほとんどありません。

品質保証とは新しい概念ではありませんが、それぞれの会社特有のさまざまな方法で遂行されており、用語もすべての組織で異なります、と彼は説明します。 お互いが話し合い、これらの問題を修正したり、問題が起きないように最初から防ぐ方法を見つけるのに使える共通の言語がないのです、と続けます。

必要性の特定 

1950年代初頭、より徹底したダイヤモンドの評価および教育が業界で必要となるにつれて、共通の「ダイヤモンド言語」が存在しないことに注目が集まりました。GIAの伝記作家William George Shusterは、2003年に出版された書籍『Legacy of Leadership: A History of the Gemological Institute of America:(リーダーシップの遺産:Gemological Institute of Americaの歴史)』で次のように説明しています。

「当時・・・ ダイヤモンドのグレーディングは秩序と一貫性に欠けていた。これは、あまりにも多くのシステムが使用されており、誤用もされていたためである。」 「このため、業界ではダイヤモンドの特徴、すなわちその相対価値がさまざまに解釈された。」

「すべての人々に受け入れられ理解される用語と概念」の必要性が増し、その結果としてGIAがダイヤモンドの品質を評価する4C、そして最終的にインターナショナル ダイヤモンド グレーディング システム™ を開発することになりました。

今日、ジュエリーの技量に対して客観的で一貫性のある評価および明確にそのような情報を伝えるシステムが必要となったため、MannとJMAチームのメンバーが率いるGIAチームがこれらを構築することになりました。 

ジュエリー製造の品質保証をシステム化したこの方法は、GIA品質保証ベンチマーク™、またはGIA QAB™と呼ばれています。 一言で言えば、QABとは、Mann曰く「認められた基準と比較して半仕上げまたは仕上げ済みのジュエリーの品質を評価する客観的な方法を提供」するために共に考慮される、個々に記載されている品質項目です。 

自然が生み出した宝石をグレーディングする方法と仕上げ済みのジュエリーで「人工」の技量を分析する方法では本質的な違いがありますが、客観的な基準と照合してアイテムを検査するという概念は同じである、とMannは述べます。 

そして、GIAのグレーディングシステムが「商用システムではなく、教育の手段として意図された」とShusterが述べるように、GIAのQABの概念は一般公開されるかなり前からGIAのクラスで教えられてきました。  

2代の大きなコンピューターのモニターの前にいる3人のジュエリーマニュファクチャリングアートチームのメンバー(2人が着席、1人は立席)。
GIAでジュエリー マニュファクチャリング アート部長を務めるElizabeth Brehmerは、QAB評価システムを「強力」で「革新的な」システムであると呼び、教育チームが学生と教員に「客観的で一貫性のあるフィードバック」を提供することを可能にすると説明する。 Brehmerは、品質保証チームのメンバー、Brendan DonovanとJoanna Joy Seetooがジュエリーデザイン&テクノロジーの学生の作品を検査する現場に立ち寄った。 重要なことは、長続きする高品質のジュエリーを作る方法を尊重して理解することなのです、とBrehmerは語る。 写真撮影:Kevin Schumacher/GIA

教室で開発され、ベンチで洗練されたシステム 

GIAでのキャリアの他に、ジュエリーの製造、デザインや設計で45年間の経験を積んできたMannは、現在の役職に任命されたときに、学生の技量の分析を彼のチームとともに再考し、向上することを希望しました。

技量における欠陥について視覚的または書面で説明しているものは、ほとんどあるいはまったくない状態でした、と彼は述べます。 講師があるトピックに関して詳しく口頭で説明するのに一生懸命努力していましたが、伝えようとしていることをサポートするために学生たちに見せられる教材がなかったのです、と続けます。

JMAの講師陣と研究開発チームは、業界のメンバーからのフィードバックを考慮しながら、グラジュエイト ジュエラー(GJ)およびジュエリーデザイン&テクノロジー(JDT)を受講していた学生が日常行う作業やベンチテストの審査体制の見直しに取り掛かりました。 その結果、QAB評価プロセスを開発し、2013年にGJの学生、そして2014年にJDTの学生のためにこのプロセスを採用しました。

GIAのJMAプログラムで使用されている品質保証ベンチマークは、電子技術を活用している、書面および視覚による強力な基準であり、この基準はQAチームが適切な業界のフィードバックをリアルタイムで学生に提供できるものでもあります。 ジュエリーをデザインおよび設計する方法や、品質の優れたジュエリーを作る方法に関する知識に磨きをかけるのに役立ちます、とGIA ジュエリー マニュファクチャリング アート部長のElizabeth Brehmerは語ります。

学生が自分たちのジュエリー作品を制作し、再度確認する際、各カテゴリでタスクとサブタスクに分かれている、図解入りのQAB分析フォームの手順に従います。 その後、彼らの作品はQAチームへと移動し、ここではそのジュエリー作品が検査され、品質を確認するそれぞれの要素において「達成済」または「未達成」のボックスをチェックします。 

このシステムは革命的です、とBrehmerは述べます。 この方法論のおかげで、私たちが学生に秩序のあるはっきりした方法で客観的で一貫性のあるフィードバックを提供することが可能となりました。 私たちのチームは、ジュエリーデザイン&テクノロジーとグラジュエイトジュエラーの両方のプログラムで、複数のプロジェクトにこの基準を効率よく適用できます。また、講師は学生の理解や応用力を常に深めるためにこれらの基準を使用して学生を指導できます。 学生と講師の両方が、改善が必要な箇所にすぐに気が付き、それを直すために対処できます、と続けました。

QABを採用したことは「大成功」であったとMannは同意し、同窓生はクラスで行われる作業が改善されたと語ります。

学生として、QABは品質に焦点を置くのに使った方法でした、とGIAでGJおよびグラジュエイトジェモロジスト(GG)のプログラムを修了し、現在オハイオ州フェアフィールドのQuality Gold, Inc.(クオリティー・ゴールド社)でディレクターを務めるKenny Rayは語ります。 要するに、これはチェックリストなのです。手順にひとつずつ従い、プロジェクトが終了したら、完成した作品が完璧だとかなり自信を持てます、とも述べました。

南カリフォルニア出身で、受賞歴のあるデザイナー兼ベンチジュエラーであるNiki Grandicsは、GIAのQABシステムを活用することが彼女の作品の計画を立てるのに役に立ったと説明します。

作業をしているときにその作品に対する重要な基準がすでに念頭にあったので、QABのおかげで問題を解決するのにもっと積極的になることができました、と彼女は述べます。

また、GJおよびJDTを修了し、現在はコロラド州のShane Company(シェーン・カンパニー)で見習いの宝石商として働くAmanda Chodoshは、QABを採用するということで様々な異なる解釈がされることがなくなるので安心したと説明します。

私がアート専攻の学部生だった頃は、すべての作品が主観的でひどく批判されていました。それに比べて、GIAのQABシステムは憶測で判断することがなく、誰でも同じ基準で評価されたので、非常に良かったです、と彼女は言います。 そして、私に期待されていたものは正確にわかりました。 隠れた秘密や空気を読む必要がなく、非常に単純明快でした。なので、手抜きすることはできません。 「これを達成した」または「これを達成しなかった」のどちらかだけなのですから、と続けました。

学生の効率、客観性および完全性が向上したことに加えて、クラスの管理者は学生の作品に関して永久に残る記録であるQAB分析シートがデータを収集および追跡するのに便利なツールであることに気が付きました。 

フォームを見るだけで、学生の記録を読み、そのデータに基づいて意見を述べることができます、と、Mannは語ります。 また、ベンチテストで使えることもできます。 学生シートのデータを見て、みんなが同じ間違いをしていたり、作品の所々に研磨痕が残っている場合は、「このようなことをプログラムで修正するのは手遅れなので、何が間違っていたのか検討しましょう」と提案することができます。

このため管理者や講師がどの点を改善すべきか判断することが可能となり、指導を変更するべきか、カリキュラムの分野を変えるべきか、または実践的なトレーニングにもっと注力するべきかなどを検討する機会が与えられます。

顕微鏡の前に座ってジュエリーを検査する男性。
GIA同窓生は、Kevin Diep(写真)のような品質保証チームのメンバーが学生の作品を分析するのに使用するQABシステムがジュエリー専門家として働く際にも非常に役に立つことに気が付いた。 これは主観的な意見をなくすのに最善の方法で、企業、ブランドまたは製品において秩序や一貫性が生まれると思います、とGIAでGJおよびJDTを修了し、現在はコロラド州のShane Company(シェーン・カンパニー)で見習いの宝石商として働くAmanda Chodoshは語る。 写真撮影:Kevin Schumacher/GIA

効率的で再現可能な徹底した品質分析

GIAのQABは専門家として作業をする際に不可欠であると卒業生は語ります。

ENJI Studio Jewelry(ENJIスタジオジュエリー)の所有者であり、デザイナー兼ベンチジュエラーでもあるGrandicsは、GJの学生であったときに習得したQABシステムを使用して倫理に適ったブランドを築き上げています。 

私にとっては、再び修理したり清浄したりするためにジュエリーが返品されるのを出荷される前に防げるということです、と彼女は述べます。 これらの客観的な基準に基づいて働く姿勢があると効率的に作業するのに役立つのは勿論のこと、私のビジネスが繁栄するにつれてさらに多くのことに活用できると思います。 将来、ジュエリーの製造が拡大し、もっと多くのジュエラーを雇うことになったら、このシステムを使用することで一貫した品質標準を確実に保つことができ、全員が同じ認識に基づいて作業することが可能となります。

また、ジュエラーの能力やトレーニングを追跡することもできます。 あることに常に問題がある場合、作品が顧客の手に届く前にその問題に気付いていれば、返品されたときではなく、直ちに対処することができます。 新しく雇用された者が基準について事前に知っていれば、トレーニングをするのも簡単になります、とさらに続けました。

Chodoshは、石のセッティングや研磨、リングのサイズ直し、修理など全国の小売店のために彼女が行うベンチ作業が、システム化された品質分析を使用することで向上されていると考えます。

私の個人的な意見を述べるのが私の役割ではありません。作業を依頼された業者からの期待と基準を満たすジュエリー作品を厳密に分析することが私の任務なのです、と彼女は語ります。 GIAのQABシステムは、ジュエリー作品を検査するのに実用的で技術的な方法なので、業者の要件を満たすことが可能となります。 これは主観的な意見をなくすのに最善の方法で、企業、ブランドまたは製品において秩序や一貫性が生まれると思います、と続けます。

品質保証を評価するために確認するべき専門的な事項がQABに記載されているため、日常業務で非常に忙しい日々を過ごしていても品質保証に焦点を絞ることができる、とRayは説明します。 

品質保証を行っているときや誰かをトレーニングしているときにいつでも、同じルーチンに従うことができます。 毎日慌ただしくなりますが、他のことで忙しくなった場合でもQABのおかげで品質保証の評価に問題なく戻ることができます。 前回にどこで止めたかがはっきりとわかるので、そこから評価をまた始められて、何も見逃しません、と彼は言います。 

QABのページのスクリーンショットでは、QABの4つのカテゴリーとそれぞれのカテゴリーを代表する画像が表示されている。画像として、リングのサイズ直しには芯金棒にはめられたリング 、仕上げと研磨にはプリンセスカットとラウンドカットのダイヤモンドが飾られたリング、組み立てとセッティングには婚約指輪が使用されている。

クラス以外での活用

Mannによると、QABが開発されたとき、このシステムはクラス以外でも活用され、宝石・ジュエリー業界にとって有益となるとGIAチームは直ちに認識していました。  

QABがクラスにもたらす同じ利点が、工場で行われる品質保証に役立ちます、と彼は説明します。 例えば、香港最大の工場では、QABのデータがそれぞれの作業者の技量を追跡するのを可能にします。 同じ部署で同じミスが発生していれば、そこに問題があるのは一目瞭然です。 監督する状況を改善するために事前に対応したり、誰かを雇って、問題がある技能をトレーニングしてもらうことができます、とMannは続けました。

GIAチームはQABがこの業界全体に利点をもたらすと理解し始めたため、一般の方々がアクセスできるようにGIAのウェブサイトでQABのページを作成しました。 2016年には定期的にQABが発表され、現在はプラチナのジュエリーに限定したQABのみが掲載されていますが、その他の金属に対するQABも将来掲載される予定です。

QABはインタラクティブな学習ページとしてウェブサイトに掲載されています。QABの内容は、リングのサイズ直し、仕上げと研磨、組み立てとセッティング、ツール及び金属の鑑別という4つのカテゴリに分類されています。 各カテゴリは、プラチナ製の台座にプリンセスカットのセンターストーンをセッティングする作業、 磨耗したプラチナジュエリーを再仕上げする技術プラチナ合金の特性と鑑別など、いくつかのトピックを詳細にわたって特集しています。

各ページには、特定の状況に対するベンチマーク、問題となる可能性がある箇所や工学的特徴、本物のジュエリーのアーティストの詳しいレンダリングや写真が含まれています。 また、製造技術について説明する簡単なビデオが数多く掲載されており、赤と青のビーコンをクリックすると、各ページを移動したり、進捗状況を追跡することができます。

GIAがQABのページをオンラインで公開した年、このページは約30,000回も閲覧されました。 GIA教育部門副社長兼チーフ・ラーニング・オフィサーのBev Horiは、QABのページがこれだけ多く閲覧されているということは、ジュエリーの製造や技量、そして業界全体を向上させる方法に対してこの業界に携わる方々が非常に興味を抱いていると解釈しています。 

GIAのクラスで非常に役に立っていたことを共有するのが重要だったと感じました、とHoriは語ります。 そして、GIAの品質保証ベンチマークは、GIAの学生と講師にとって効率的な手段であり、これを情報源として提供することで業界とその知識や経験を共有できます。 また、宝石やジュエリーに対する一般の方々の信頼を確保するというGIAの使命を果たすのに有意義な方法でもあります、とも続けました。

Brehmerは、品質保証をシステム化したことによる影響が広範囲に及んでいると考えています。

製造業者、小売業者、宝石商、消費者などすべてが、優れた品質のジュエリーから恩恵を受けます、と彼女は説明します。 素晴らしく設計されたジュエリーは、設計の質が悪いジュエリーを作るよりももっと時間がかかるというわけではありません。 重要なことは、長続きする高品質のジュエリーを作る方法を尊重して理解することなのです、と説明を続けました。 

寄稿者のJaime Kautskyは、GIAダイヤモンドグラジュエイトおよびGIA AJPであり、The Loupe(ルーペ)誌の副編集長を務めていました。