業界分析

2019年を振り返る:回復の兆しを見せるダイヤモンド業界、後れを取ったジュエリー小売業の進展、オークションでの驚異的な落札


マルチ ダイヤモンドのブローチ。
Cartier(カルティエ)は、5月に行われたChristie’s(クリスティーズ)のMay Maharajas & Mughal Magnificence Auction(マハラジャ&ムガール壮大なオークション)で最も高価な作品を作り、エポック時代のダイヤモンド ドヴァン・ド・コルサージュのブローチを1,060万ドル(約11.6億円)で売却した。写真提供:Christie’s(クリスティーズ)

世界のダイヤモンド業界は、供給過剰と与信の引き締めをきっかけに2019年には縮小し続けましたが、主要なオークション ハウスでは驚異的な価格で落札された商品が依然として注目を浴びていました。米中貿易戦争に悩まされながらも、世界経済がかなり好調に推移する中、小売業におけるジュエリーの売上げは伸び続けました。

米国では2018年のホリデー商戦が好調に終わったにもかかわらず、2019年には研磨されたダイヤモンドおよびダイヤモンド原石の在庫が増加し続け、これら両方のダイヤモンドの価格は軟化し、二大ダイヤモンド生産者であるDe Beers(デビアス)とAlrosa(アルロサ)の販売量はおよそ25%削減となりました。さらに、南アフリカのダイヤモンド鉱山会社であるPetra Resources(ペトラ リソーシズ)の調査によると、原石の価格は平均して約15%下落し、特に今年の下半期には減少が著しかったと報告されています。

価格および業界の利益が改善しなかったため、宝飾業界へ融資を提供する大手銀行の一つとされているABN AMRO Bank(ABN アムロ銀行)は、5カラット以下という大半のサイズおよび品質のものを含めカット石として採算の見込めない商品を作るための原石に対し融資をもはや行わない、と発表しました。

ABN アムロ銀行の制限は厳しいものでした。同行は「収益性の高い」販売とは、「信用供与期間を考慮せずに原石を購入した後、できるだけ早い商品の販売による実質販売マージン」を達成できるもの、と定義しました。また、同行は、原石購入の与信枠の使用を希望するクライアントは個別の案件ごとに申請する必要があるとしています。

11月までの業界の与信枠は合計約80億ドル(約8,720億円)に達し、3年前の全体のほぼ半分となり、2013年のピーク時より100億ドル(約1兆900億円)の減少となりました。

たくさんのダイヤモンド原石
カナダのダイアヴィク ダイヤモンド鉱山から産出された未選別のダイヤモンド原石。写真撮影:Russell Shor/GIA

ダイヤモンド原石の生産量および価値において市場の約3分の2を占めるデビアスとアルロサは、原石の売上げが今年の第3四半期連結累計期間で約25%減少したと報告しました。第3位の生産者であるRio Tinto(リオ ティント社)は原石の売上高は同期間で15%以上減少したと報告しており、これはダイヤモンド部門が上半期の損失を計上したためとしています。生産者は、ダイヤモンド製造業者からの需要が徐々に増加しつつあるため、供給が改善していると11月に報告しました。

全体的なダイヤモンドの生産量は、2018年の合計1億4,800万カラットから今年は約800万カラット減少すると予測されています。

ジュエリーの小売業

U.S. Department of Commerce(米国商務省)の発表によると、米国の時計および宝飾品の売上高は、1月に0.7%減少し、今年上半期では2018年を わずかに下回りました。しかし、第3四半期の需要はプラス圏にまで上昇し、2018年の同月と比較して9月には6%の増加となりました。

Kay Jewelers(ケイ ジュエラーズ)、Zale(ゼール)、Jared (ジャレッド)の親会社であるSignet Group(シグネット グループ)は、今年上半期は減少に苦しんでいたものの、第3四半期の既存店売上高が2.1%増加したと報告しました。また、同社のオンライン販売は11%増加しました。さらに、シグネット グループは、製品に対する関税が引き上げられたため、中国のサプライヤーから購入するジュエリーの数量を50%削減しています。

フランスの高級ブランド品のグループ会社、LVMHに買収される過程にあるTiffany & Co.(ティファニー アンド カンパニー)は、米国における観光客による購入が減少したため、ニューヨークの旗艦店での売上高が減少し、香港の不安定な情勢のため商業地区では客足が遠のき、この四半期の売上げは横ばいであったと報告しました。

中国本土では、6月に始まった香港での抗議行動のため、収益が激減しました。同地域最大の宝飾小売業者であるChow Tai Fook(周大福)は、9月30日までの6ヶ月間、香港の総売上高が20%減少、および既存店ベースでは28%減少したと報告しました。本土での既存店売上高は、同期間に1.9%増加しました。

インドでは、ルピーの下落により、小売業におけるダイヤモンドと金の需要が抑えられています。

オークション

2019年では、オークションは大きく2つのシーズンに分けられたと言えるでしょう。春のオークションでは、歴史とデザインを特徴とする作品が取り上げられました。一方、秋のオークションでは、過去数年間オークション ハウスの目玉商品であった大きなダイヤモンドや希少なファンシー カラー ダイヤモンドが再び出展されました。

春のオークションでは、数年前に見られた記録的なレベルから価格が下落したことから、以前よりもロットが少なく、非常に大きくて最高級のファンシー カラー ダイヤモンドが少なく出品されていました。しかし、オークション ハウスの幹部はすかさず、高品質の宝石や宝飾品の市場は、由緒ある歴史を持つ宝石や宝飾品に対しては依然として堅調であると指摘しました。

ニューヨークで4月に行われたオークションでは、5カラット以上の最高質のファンシー カラー ダイヤモンド(特にピンクとブルー)や25カラット以上のカラーグレードDのフローレス ダイヤモンドは出品されませんでしたが、これは「現在の市場を反映している」と、Christie’s(クリスティーズ)の宝飾品国際部門長のRahul Kadakiaは語りました。さらに、ロットのほとんどは、ディーラーから出展されたものではなく、エステート ジュエリーでした。

主要な宝石に対する市場の需要が弱まると、オークションは出展される作品に関してより慎重になり、小さめの高品質の宝石、より伝統的な「署名付き」のピリオド ジュエリー、エステート ジュエリーをより多く出展します。通常、価格はディーラー出品の価格よりも手頃であると、Kadakiaは説明します。

したがって、春で注目を浴びたオークションは、5月にクリスティーズによって開催されたアール=サーニ コレクションの宝飾品から構成されるMaharajas & Mughal Magnificence Auction(マハラジャ&ムガール壮大なオークション)でした。

1628年から1658年までムガル帝国を統治したことで知られているシャー ジャハーンの所有品のいくつかは、最も激しい入札劇になりました。シャー ジャハーンの彫刻が施されたコロンビア産30.60カラットのエメラルドは555,000ドル(約6,000万円)で売られ、1643年または1644年産の彫刻が施されたスピネルとエナメル シール リングは795,000ドル(約8,700万円)で売却されました。最後から二番目に競売にかけられたジャハーンのホワイトジェイダイトの短剣は、340万ドル(約3.7億円)で落札され、この統治者が所有したものの中では記録的な価格となりました。

オークションで最も高価な作品は、ベル エポック時代のダイヤモンド ドヴァン・ド・コルサージュのブローチで、1,060万ドル(約11.6億円)で売却されました。大きなゴルコンダ産ダイヤモンドがいくつか飾られているこのブローチは、デビアスの創設者の一人、Solly Joelのために1912年に制作されました。このブローチの最大のダイヤモンドは34.08カラット E VVS1タイプIaのペア シェイプで、23.55カラット D VVS2 オーバル(ポテンシャリティー フローレス)タイプIIa、6.61カラット D VS1 タイプIIa マーキース カット、3.54カラット E VS1 タイプI ハート シェイプのダイヤモンドが含まれています。これらのダイヤモンドはすべてGIAによってグレーディングされました。
 

2列にならんだ様々なサイズのダイヤモンドに囲まれたペア シェイプのエメラルド。
250年以上も前にコロンビアで採鉱された「エカチェリーナ2世のエメラルド」は、5月15日にジュネーブで行われたChristie’s(クリスティーズ)のオークションで予想落札価格上限をほぼ100万ドル(約1億円)も上回る430万ドル(約4.6億円)で落札された。もともと107カラットのスクエア カットであったこのエメラルドは、1790年頃にロシアの女帝エカチェリーナ2世が取得し、1920年までロシアの皇族に受け継がれていた。インクルージョンを取り除くために、この宝石は1954年に再カットされた。写真撮影:Russell Shor/GIA

5月15日にジュネーブで開催されたクリスティーズのオークションの中で最も話題となった作品は、もともと女帝エカチェリーナ2世が所有していたロシアの大公女ウラジミールのインペリアル エメラルドという非常にユニークなものでした。

このエメラルドの豊かな歴史は、18世紀末にかけてエカチェリーナ2世が107.67カラットのスクエア カットのエメラルドとして受け取ったときに始まりました。エカチェリーナ2世が亡くなった後、このエメラルドはCartier(カルティエ)が1927年に購入するまでロシアの王族に代々受け継がれていました。カルティエは、亀裂やインクルージョンのほとんどを取り除くために75.63カラットのペアシェイプに再カットし、1954年にJohn Rockefeller Jr. へ売却しました。

クリスティーズの専門家は、カタログに販売前の推定落札価格を230万ドル~350万ドル(約2.5億円~3.8億円)として掲載しました。ある匿名の個人バイヤーが、その歴史のために約100万ドル(約1億円)を追加した430万ドル(約4.6億円)で落札し、この入札は終了しました。

秋のオークションでは、最上級品の需要と価格は再び堅調に推移しました。

2つのペア シェイプのダイヤモンドが両側にセットされたレクタンギュラー カットのファンシー ディープ ブルー ダイヤモンド。
ロンドンのジュエラー、Moussaieff(ムサイエフ)が出品し、GIAがグレーディングを行ったファンシー ディープ ブルーの7.03カラットのダイヤモンド。11月12日にジュネーブで行われたChristie's(クリスティ―ズ)のオークションで最高入札価格1160万ドル(約12.6億円、カラット単価165万ドル/約1.8億円)で落札された。写真提供: Christie's Images Ltd.(クリスティーズ イメージズ)

11月12日にジュネーブで行われたChristie's(クリスティ―ズ)のオークションでは、ロットでは93%、価値では88%が落札されました。落札された商品の中で最も高級な商品は、ロンドンのジュエラー、Moussaieff(ムサイエフ)が出品し、GIAがグレーディングを行ったファンシー ディープ ブルーの7.03カラットのダイヤモンドでした。このダイヤモンドは、オークション前の推定落札価格内であった最高入札価格1160万ドル(約12.6億円、カラット単価165万ドル/約1.8億円)で落札されました。

落札された他の大きな宝石は次のとおりです。

  • GIAによりDカラーおよびIFとグレーディングされた、46.93カラットのステップ カット クッション シェイプのダイヤモンドが、推定落札価格をわずかに下回る310万ドル(約3.4億円、カラット単価66,800ドル/約730万円)で落札
  • 25.2カラット、GIAによりDカラーおよびVVSとグレーディングされた、レクタンギュラー カットのダイヤモンドが、253万ドル (約2.76億円、カラット単価100,595ドル/約1100万円)で落札
  • 42.97カラット、オクタゴン カットのビルマ産サファイアが250万ドル(約2.73億円、カラット単価59,000ドル/約640万円)で落札
  • 13.53カラットのコロンビア産エメラルドは、およそ110万ドル(約1億2000万円)、堅調なカラット単価91,575ドル(約1000万円)で落札
100.02カラットのファンシー インテンス イエロー ダイヤモンドを特徴とするダイヤモンド ネックレス。ペンダントは楽器の形にデザインされている。
GIAの卒業生、Anna Huが制作した敦煌の琵琶ネックレスは、10月7日に行われた香港のSotheby’s(サザビーズ)のオークションにて580万ドル(約6.2億円)で落札された。18Kのホワイト ゴールドとイエロー ゴールドにセットされた様々なシェイプおよびブリリアント カットのダイヤモンドが中国の楽器「敦煌の琵琶」の形にアレンジされ、100.02カラットのクッション カットのファンシー インテンス イエロー ダイヤモンドがセットされているのを特徴とするネックレス。琵琶の部分は取り外して、ペンダントまたはブローチとして着用することができる。写真撮影:Michael Oldford 提供:Sotheby's(サザビーズ)

また、GIAの卒業生Anna HuがオークションハウスのSotheby’s(サザビーズ)から委託を受けデザインしたジュエリーが、10月7日に香港で開催された同社のオークションにて約580万ドル(約6.2億円)で落札されました。このネックレスは、GIAがグレーディングを行った100カラットのファンシー インテンス イエロー ダイヤモンドが、敦煌市にある古代の壁画に描かれている伝統的な中国の4弦楽器「敦煌の琵琶」の形をしたジュエリーにセットされているのを特徴とします。

5月14日にジュネーブで行われたサザビーズのオークションでは、1粒の大きな(36.57カラット)カラー グレードD、フローレスのダイヤモンドが約500万ドル(約5.4億円)すなわちカラット単価136,000ドル(約1500万円)で売却されましたが、最も入札が殺到したのはBeaumont Necklace(ボーモント ネックレス)のような署名付きのピリオドジュエリーでした。このネックレスは、Van Cleef & Arpels(ヴァン クリーフ&アーペル)が制作したエメラルドとダイヤモンドでできたアールデコの作品です。この作品は推定落札価格の約20%を上回る価格で落札されました。

エメラルドの列の上下にダイヤモンドの列がある幅広いチョーカー スタイルのネックレス。
1935年頃に制作されたアール デコのエメラルドとダイヤモンドのBeaumont Necklace(ボーモント ネックレス)。アメリカの著名人および収集家であるHélène BeaumontのためにVan Cleef & Arpels(ヴァン クリーフ&アーペル)が制作したと伝えられている。5月14日にジュネーブで行われたSotheby’s(サザビーズ)のオークションにて360万ドル(約3.9億円)で落札された。提供:Sotheby's(サザビーズ)

ダイヤモンドの追跡

6月に開催されたJCKラスベガス ショーでは、ダイヤモンドの起源を追跡する新しいサービスが紹介されました。GIAダイヤモンド オリジン レポートに加えて、De Beers(デビアス)とAlrosa(アルロサ)が鉱山から市場へとダイヤモンドが到達するまでの独自のトラッキングを導入しました。また、以前に採鉱された高価値のダイヤモンドを追跡するための鑑別システムであるCullinan(カリナン)ダイヤモンド レポートが紹介されました。Sarine(サリネ社)はカット プロセスを通じてダイヤモンドの進捗状況をグラフ化するサービスを提供しました。

ラボラトリー グロウン

ラボラトリー グロウン ダイヤモンドの市場は、引き続き拡大しています。ラスベガスで行われたJCKショーでは約50社がラボラトリー グロウン ダイヤモンドを販売し、これは昨年と比較してかなりの増加となりましたが、価格は同等の品質の天然ダイヤモンドの30%~40%とかなり低下しました。このため宝石・宝飾業界市場の将来について懸念が高まりました。

Bain & Co.(ベイン アンド カンパニー)のような調査会社は、ラボラトリー グロウン ダイヤモンドが5年間で売上高の約15%~20%を占めると予測しており、今年はその目標に向かって大きな一歩を踏み出した可能性があります。アナリストは、約200万カラットのラボラトリー グロウン ダイヤモンドが今年生産されると予測しています。企業は売上高を公表しないため、消費者が購入したラボラトリー グロウン ダイヤモンドの数量を把握するのは不可能です。

これとは対照的に、今年販売された1億4000万カラット強の天然ダイヤモンドの原石の生産は、推定2500万〜3000万カラットの研磨済み天然ダイヤモンドをもたらしました。(これは、採鉱された原石の約50%~55%が工業用途であり、残りの7,000万カラットのが平均35%~40%の歩留まりで宝石にカットされるという事実に基づいて計算されています。)

Russell Shorは、GIA カールスバッドのシニア業界アナリストです。